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東京高等裁判所 平成11年(ネ)3206号 判決

控訴人兼被控訴人(以下「第一審原告」という。) A野花子

右訴訟代理人弁護士 篠原義仁

同 根本孔衛

同 杉井厳一

同 児嶋初子

同 岩村智文

同 西村隆雄

同 藤田温久

同 三嶋健

同 渡辺登代美

被控訴人兼控訴人(以下「第一審被告」という。) 川崎市

右代表者市長 高橋清

右訴訟代理人弁護士 藤田勝

主文

一  第一審被告の控訴に基づき、原判決を次のとおり変更する。

二  第一審被告は、第一審原告に対し、二〇二万一三六四円及びこれに対する平成六年七月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  第一審原告のその余の請求を棄却する。

四  第一審原告の控訴を棄却する。

五  訴訟費用は、第一、二審を通じてこれを一九分し、その一を第一審被告の負担とし、その余を第一審原告の負担とする。

六  この判決の第二項は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  第一審原告

1  原判決を次のとおり変更する。

2  第一審被告は、第一審原告に対し、三八八四万八五〇七円及びこれに対する平成六年七月四日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  (第一審被告の控訴について)控訴棄却

二  第一審被告

1  原判決中、第一審被告の敗訴部分を取り消す。

2  第一審原告の請求を棄却する。

3  (第一審原告の控訴について)控訴棄却

第二事案の概要

一  本件は、第一審原告が運転する原動機付自転車とB山松子(以下「B山」という。)が運転する自転車とが交差点内で衝突したことにより、脳挫傷等の傷害を受けた第一審原告が、第一審被告に対し、その職員C川太郎(以下「C川」という。)がごみ収集のため塵芥車を交差点内に停車させていた過失があるとして、民法七一五条に基づいて三八八四万八五〇七円の損害賠償を求めた事案である。原判決は、第一審原告の請求を二九九万三七八九円及び遅延損害金の限度で認容し、その余を棄却したので、これに対して第一審原告及び第一審被告が不服を申し立てたものである。

二  右のほかの事案の概要は、次のとおり付加するほか、原判決の該当欄記載のとおりであるから、これを引用する。

(第一審原告の当審における主張)

本件事故は、C川とB山の共同不法行為によるものである。しかし、C川の過失が本件交差点及び横断歩道上に塵芥車を停車させるという重大なものであることに比べ、B山の過失は、軽微なものである。また、控訴人の過失も、C川の過失に比べると、重大なものではない。したがって、C川の過失割合を一割とした原判決の認定は、誤っている。

(第一審被告の当審における主張)

1 第一審原告には一時停車義務違反の過失があり、B山には一方通行道路を反対方向に走行した過失がある。本件事故は、これらの過失により発生したものである。C川には、過失はない。

2 本件事故は、第一審原告とB山のそれぞれの前方不注視によって発生したものである。C川が本件交差点内に塵芥車を停車させていたことと本件事故とは、因果関係がない。

3 C川は、付近住民の総意によって設置されたごみ集積所でごみを収集するため、塵芥車を停車させていたものである。したがって、C川の行為は、正当な業務行為として、違法性が阻却されるべきである。

4 第一審原告とB山との間では、B山の過失はないか、あったとしても、ごくわずかである。B山は、第一審原告の損害を賠償する義務はない。したがって、C川が第一審原告によるB山の発見を遅らせる要因を作ったとしても、C川の過失割合を一割とした原判決の認定は、過大である。

5 原判決は、九割の過失相殺をした後の第一審原告の損害額を三五三万四八五〇円と認定した。この金額から第一審原告が受給した障害補償年金前払一時金六二四万八六四〇円を損益相殺すると、第一審被告が賠償すべき損害額はないことになる。したがって、第一審原告の請求は、理由がない。

第三当裁判所の判断

一  当裁判所は、第一審原告の請求は、二〇二万一三六四円と遅延損害金の限度で理由があるが、その余は理由がないものと判断する。その理由は、次のとおりである。

1  C川の過失及び本件事故との因果関係について

原判決挙示の証拠によれば、原判決の「第三 判断」の一に記載の事実が認められる。この認定事実によれば、第一審原告は、横断歩道手前の停止線の直前で停止することができるような速度に減速することを怠り、また、横断歩道に一部またがって停車していたC川運転の塵芥車の右側を通過する際、その前方に出る前に一時停止することを怠り、さらに、前方注視を怠った過失があったこと、B山は、塵芥車が停車していたため見通しがきかない本件交差点内を通行する際に徐行することを怠り、また、塵芥車の前を通って横断歩道に至るため、一方通行の本件道路をわずかの距離ではあるが、反対方向に走行し、さらに、前方注視を怠った過失があったことが認められる。また、C川は、道路交通法四四条に違反して、本件交差点及び横断歩道に塵芥車を停車させていた点で過失があったものと認められる。

そして、右認定事実によれば、C川が本件交差点内に塵芥車を停車させていたことにより、第一審原告の進行方向からも、B山の進行方向からも、本件交差点付近の見通しが阻害されていたこと、そのことが、第一審原告とB山がそれぞれ相手方を発見することが遅れた一因であること、B山は、塵芥車が一部横断歩道上に停車していたため、直ちに横断歩道を渡るのではなく、塵芥車の前部を回り込むような形で一方通行の本件道路を反対方向に走行したことが認められる。したがって、C川が本件交差点及び横断歩道に塵芥車を停車させていたことと本件事故とは因果関係があるものと認められる。

なお、第一審原告とB山に過失があったことがC川の過失(道路交通法四四条違反)の存在を否定するものでないことは、いうまでもない。また、C川が塵芥車を停車させていたのは、ごみ収集のためであったが、これは、道路交通法四四条の交差点及び横断歩道における停車禁止の除外事由とはされていないから、同条違反であることに変わりはない。ごみ収集のための停車の事実は、C川の行為の違法性を阻却するものではない。C川に過失がなく、本件事故との因果関係もない旨及びC川の行為は違法性が阻却される旨の第一審被告の当審における主張1ないし3は、採用することができない。

2  C川の過失割合について

右1の認定事実によれば、本件事故は、第一審原告、B山及びC川の三者の過失が競合して発生したものであると認められる。そして、これら三者の過失内容をみると、第一審原告は、横断歩道に停止している車輌がある場合にその側方を通って前に出ようとしたのであるから、道交法の定めるとおり、一時停止すべきであったのをこれを怠ったもので、その過失は重大である。そして、塵芥車の停車により本件交差点の見通しが阻害されていたのであるから、より一層本件交差点付近を注視して運転すべきであったのに、塵芥車の右側を通過するにあたり、前方を注視するという運転者にとって最も基本的な注意義務を怠り、漫然と進行したものである。また、B山にも同様の前方不注視の過失があり、さらに、一方通行の本件道路を反対方向に走行するという極めて危険性の高い走行方法を採ったものである。第一審原告及びB山のこれらの過失が本件事故の大きな原因となっているものと認められる。他方、C川にも本件交差点及び横断歩道に塵芥車を停車させるという過失があったが、これは、ゴミ集積所に置かれていた付近住民のごみを収集するためであり、ごく短時間の予定で停車したこと、しかも、ごみ集積所の場所は、付近住民の意向を尊重して決められているものであり、C川や第一審被告だけの判断でその場所を変更することはできなかったものである。

これらの諸事情を考えると、第一審原告とC川との間においては、C川の過失割合は一割とみるのが相当である。

第一審原告の当審における主張及び第一審被告の当審における主張4は、いずれも採用することができない。なお、本件事故は、第一審原告、B山及びC川の三者のそれぞれの過失が競合して発生したものであり、B山とC川との共同不法行為によるものではない。

3  第一審被告の賠償額について

本件事故による第一審原告の損害は、通院交通費七六万四九四〇円、入院雑費一二万八七〇〇円、逸失利益一七〇三万四八六七円及び慰謝料一七四二万円の合計三五二四万八五〇七円であること、第一審原告は、労働者災害補償保険法に基づき障害補償年金前払一時金六二四万八六四〇円を受給したこと、以上の事実を認めることができる。その認定に供した証拠は、原判決記載のとおりである。

ところで、第三者の行為により損害を受けた被害者が労働者災害補償保険法に基づき障害補償年金の支給を受けた場合、被害者が第三者に対して有する民事上の損害賠償請求権は、障害補償年金の対象となる損害と損害賠償の対象となる損害とが同じ性質であり、障害補償年金と損害賠償とが相互補完性を有する関係にあるときに限り、障害補償年金の金額の限度で減縮するものと解される。そして、第一審原告の右損害のうち、障害補償年金が対象とする損害と同じ性質で、障害補償年金と相互補完性を有する関係にあると認められるものは、逸失利益だけである。したがって、その余の通院交通費、入院雑費及び慰謝料から障害補償年金の金額を控除することは、許されない。

そうすると、第一審被告の賠償額を算定するには、まず、逸失利益一七〇三万四八六七円の一割(第一審被告の過失割合)一七〇万三四八六円から障害補償年金前払一時金六二四万八六四〇円を控除すべきである。その結果、逸失利益は零となる。したがって、第一審被告が賠償すべき第一審原告の損害額は、通院交通費七六万四九四〇円、入院雑費一二万八七〇〇円及び慰謝料一七四二万円の合計一八三一万三六四〇円の一割一八三万一三六四円となる。そして、第一審被告が賠償すべき第一審原告の弁護士費用は、一九万円が相当であると認められる。

以上によれば、第一審被告の賠償額は、通院交通費等一八三万一三六四円と弁護士費用一九万円の合計二〇二万一三六四円となる。

第一審被告の当審における主張5は、右の限度で理由がある。なお、障害補償年金の金額が逸失利益の額を上回っていても、その超過額を通院交通費、入院雑費又は慰謝料から控除することはできないことは、右に述べたとおりである。

二  したがって、原判決中第一審原告の請求を認容した部分は、二〇二万一三六四円の支払を命じた限度で相当であるが、その余は失当であるから、その旨原判決を変更することとする。また、原判決中第一審原告の請求を棄却した部分は相当であるから、第一審原告の控訴は理由がない。

よって、主文のとおり判決する。

(口頭弁論終結の日 平成一一年九月九日)

(裁判長裁判官 淺生重機 裁判官 菊池洋一 江口とし子)

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